パソコン部品に埋もれて茫然とした新人の日々

ウソをつく、と言いますか自分の実力を盛る原因になったのは担当教授の「ひとつ出来るということは、時間があれば沢山出来るということだ」という拡大解釈が始まりだったように思います。私は制御情報系の学科で学ぶ学生、とは言え授業はいたって不真面目で専門性はほとんどないままに就職活動に入りました。唯一出来ることと言えば、デスクトップパソコンのハードディスク交換、それも教授が替えのものを用意し「これとこれを交換しなさい」と段取りしてくれてはじめて右のものを左へ動かす程度の単純な動作が出来る、という程度でした。

就職活動に入りはじめて周囲の専門性に驚き、焦り、諦めかけました。教授に「教授、俺、何もできません」と言うと教授は「ハードディスクが替えられるということは、ロムも、CPUも替えられるということだ。つまり、パソコンが一つ組み立てられるということだ。それがお前の専門性だ」と諭されたとき、違和感がなかったと言えばウソになりますが、いつしか方々の面接で「パソコンいじりが得意」と自身気に語るようになり、いつしか「OS、LINUXをインストールして、」と自分でも聞いたことのなにような尾ひれをつけて悠々と話すようになっていました。

そんな就職活動は無事実り、大手上場企業で働くことになりました。

しかし、忘れもしない入社二日目です。配属されてから新入社員研修までの間に一週間程度の職場顔合わせ期間があり、その期間に先輩に突然出張に連れて行かれました。仕事どころか上司の顔さえおぼろげな二日目に、まさかと思いつつ連れていかれたのはすぐ近くの下請け会社の大きな会議室でした。並べられた机の上には何やら見慣れない部品がごろごろ転がっています。そこで先輩に「お前、あそこにずっといたら気を遣って疲れるだろ」と言われました。優しい先輩だ、そこまで気遣ってくれるのか、と嬉しい気持ちになった次の言葉が衝撃でした。

「この机に20台分のパソコンの部品あるから。これ組み立てて、LINUXをインストールしておいて」

「研修まで一週間あるからさ。それまでに出来ればいいから」

「俺もいると気を遣うだろ。だから俺は帰るから。お前も自分で目途が付けば適当に帰っていいから」

そう先輩は言って、本当に私をその場において会社に帰ってしまいました。その屈託のない表情から、本心で私を気遣ってこういう待遇をしてくれたことは明白でした。が、私の頭は真っ白でした。LINUXの言葉は聞いたことがありました。机にごろごろ並ぶ部品の一部に、確かに見覚えのあるものもありました。

しかし、一台どころか、ひとつの線も、ひとつの部品も正確に取り付ける自信がありません。私はこのとき、本当に逃げ出して地元に帰るという選択肢が頭をよぎりました。しかし、息子が上場企業に就職したということで大喜びだった両親の顔を思い出すと、とても実家に帰れる気はしませんでした。

本当に途方にくれました。相談する人もいなければ、何かヒントを得る術もない。あれだけ出来ると言っておいて、今更実は何も出来ないとも言いだせない。言い出せないどころか、ここに連れてきた先輩の姿は既に見えない。

途方にくれて溜息を千回ほどついたころ、救世主が現れました。下請け会社の社員の方でした。「大丈夫ですか」その一言に本当に涙が出たことを記憶しています。私は正直に何も出来ないこと、でも出来ないとは言えずこの状況になってしまっていることを隠さず話しました。するとその社員の方は笑いながら「でも入社二日目で出張して放置というのも凄いですね」と言い、部品を仕分けしながら組立方を丁寧に教えてくれました。

その社員の方のお蔭で何とか3日目には20台分の作業を終えることが出来ました。

口八丁もタイミングを誤るととんでもないことになる、といういい教訓になりました。