給与計算業務をしたことないのに、ハッタリをかまして

私は、ソフトウェア開発の株式上場企業の総務人事部の課長職に応募したことがありました。それまで勤務していた小売系の会社では、総務人事部で主に総務系の仕事を担当していましたが、ときおり人事系の仕事も手伝っていました。そして、しだいに総務人事すべてを担当したいという気持ちと、課長職というポジションに就きたいという気持ちの両方を持つようになったのです。

その総務人事部の課長職の募集では、総務系と人事系の仕事はすべて担当するという内容のものでした。私は、総務系の仕事である株主総会の運営や、取締役会事務局、規程の制定など法律関係は問題なかったのですが、人事系の給与計算だけは経験がありませんでした。ですから、この応募は背伸びをした応募でした。

採用面接では、1次面接の面接官が総務人事部長でした。2次面接では面接官が、管理本部の担当取締役で、最終面接では面接官が社長でした。1次面接では、実務面について聞かれました。まず人事系の仕事について、どのような業務を担当してきたかを質問されました。これに対して、私は就業規則や賃金規程の制定、36協定の締結などの実務面について回答しました。さらに、退職金制度の制度設計について社会保険労務士と協議のうえでまとめあげて、全社員に対して説明して同意を得たうえで取締役会に上程して成立させたことなどを実績として説明しました。

すると、総務人事部長が「給与計算は経験がありますか?」と聞いてきました。私は思い切って「はい」と答えました。さらに総務人事部長が「給与計算で困ったことは何ですか?」と尋ねてきますので、私は「残業の計算について疑問に思うことが多々あり、本人や上司に確認する作業が大変でした」などと想像を駆使して回答してしまいました。そのときは総務人事部長は、ふむふむと頷いていて、次に総務系の仕事へと質問は移りました。総務系の仕事については絶対的な自信がありますので自信満々で回答できました。

そして、無事に1次面接を通過し、2次面接と最終面接を通過して、この会社に総務人事部の課長として入社することができました。私の前任の総務人事部の課長の方はいませんでしたので、総務人事部長から私の部下を5名紹介されて、入社初日から部長から指示を受けて即戦力として仕事をすることになりました。

入社したのが1日付でしたが、さっそく給与計算の仕事をすることになりました。給与は、タイムカードを月末の末日で締めますから、翌月の1日から給与計算の業務が始まります。給与計算の実務は、若手の社員が担当してくれますが、チェックや、部分的に判断が必要なことは当然、私に質問がきます。

あるとき、部下の社員から「この社員なんですが、原価の方に入れた方がいいのか、販売管理費の方へ入れた方がいいのか、わからないんですが」という質問がきました。私には、何のことかさっぱりわかりませんでした。これは、あとで理解できたことなのですが、メーカーやソフトウェア開発の会社の開発部門の社員の人件費というのは、製造原価として計算し、製造に携わらない管理部門の社員の人件費は販売管理費として計算するのでした。当時の私は、そういった給与計算の基本を知らずにいたのです。

私は、知識を持たないまま、なんとか誤魔化し続けるつもりで、総務人事部長に「この社員の人件費は、原価でしょうか、販売管理費でしょうか?」と、さきほど部下から聞かれた内容をそのまま部長に尋ねました。それからの部長とのやりとりで、私の無知がばれてしまい、私は部長に白状しました。

それからは、給与計算については私が部下から教えてもらうことになりました。かなり叱責を受けましたが、部長が温情を示してくれました。

私が、試用期間中にもかかわらず解雇されたり処分を受けなかった理由は、他の総務人事業務については文字通り即戦力として、その場その場で判断を下せていたからだと思います。薄氷を踏む思いの出来事でした。